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    裏口から家の中へ入らうとした時、房一はそこの小路つづきの先きの方に彼の帰りを待ち構へていたらしい様子で突立つたまゝこちらを眺めている二人の男に気づいた。

    「ほらね、かういふ形のと、又別にかういふのがあるだらう」

    「さうさう、先だつてはお加減がわるかつたさうですが――」

    例の奉祝行列のお終ひに小谷から慰労宴をやらうと云はれたときに、房一は道平が練吉の診察を受けたまゝになつているのを気にかけていたことを思ひ出し、練吉をも加へて小谷と二人を招待しようと云つたのだが、小谷はそれはそれ、これはこれと云つて聞き入れなかつたので、改めて今二人を料亭染田屋に招いたのであつた。

    病人は十七になる相沢の一人息子で、県庁のある市の中学寄宿生だつたが、軽い肋膜炎でかなり前から家でぶらぶらしているといふことは、昨夜来た使ひの者から聞いていた。

    「徳さんが、――今、そこに、おかみさんが来てるんですわ」

    庄谷はあの冷笑するやうな白眼で、物好に訊きたがる人に答へた。

    患者の脈を見たり、舌を出させたり、背部を指で押し、打診し、薬を与へたりすること、そんなことは誰にだつて出来る。それからあの、開業医にはぜひとも必要だと云はれている社交的な才能、お世辞を云つたり、砕けた気の置けない態度で抜かりなく会ふ人ごとの心をつかむ――「ふん」と、房一は独言のときに自然と目の前につくり上げるもう一人の自分に向つて冷笑してみせた。

    徳次はすつかり感心したとも、又その反対ともとれる云ひ方だつた。

    「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」

    川沿ひに細長く続いている河原町の通りは、地勢のせいでゆるい下り勾配をなしていた。所々で屋並みが切れて、そこには茶畑があつたり、空樽が乾してあつたりするかと思ふと、次の空地にはどこの家で使つているのか判らないやうな大きな井戸がその円く肥つた腹のやうな焼物の縁をたゞあつけらかんと日に照されていたりした。

    銹さびのある低い声で入つて来る客に叮重に挨拶しながら、その度に手を袴の下から出して奥の間へ誘つた。この「さやうで御座ります」といふのが直造の口癖だつた。しかも、その言葉を口にするごとに、彼の痩身なだが骨太な身体は慇懃いんぎんに前こゞみになつた。それはこの身動きと言葉とがぴつたりとくつつき、いやそれ以上に全く同一物と化したやうな趣があつた。

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