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「あの婆さん(家主のこと)自分の掘った温泉だから、意地をはって、ガタガタふるえながら、はいってる。絶え間なくタオルで身体をこすりながら、はいってる」
私はもともとヌル湯好きで、いつまでつかっても汗のでない程度が好きだ。
「――へえ、まだお帰りぢやないのかね」
「便所に化物が出たそうです。」
「今、あんたの便をしらべてみたがね」
不幸なことに房一の予測はあたつた。いや、それ以下とも云へた。
その塗りの色の落ちついた外まはりの築地塀、よく拭きこまれた廊下、塵一つ落ちていない部屋々々、渋い雅致のある床の置物だの掛軸、これらすべての上に現れているどこか神経質でさへあるよい趣味と堅固さ――さういふ外見にかかはらず、大石医院では年来をかしなごたごたが繰り返されていた。
これは怪談どころか、一種の美談であるが、その事情をなんにも知らないで、暗い風呂場で突然こんな人物に出逢っては、さすがの柳沢権太夫もぎょっとしたに相違ない。元来、温泉は病人の入浴するところで、そのなかには右のごとき畸形や異形の人もまじっていたであろうから、それを誤り伝えて種々の怪談を生み出した例も少くないであろう。
「失礼ですが、もしか、あなたは高間さんではありませんか」
それは言葉にするとこんな風なものであつた。
「うむ、何かあ」
「君に云つとくが、何んだぜ、小倉組の者なんかにかゝり合ひをつけちやいかんぜ」
きよろりとした眼でしきりと家の中をのぞきこみながら、しばらくして